就学体験談【就学先、支援学校・支援学級・通級指導教室・通常学級を決めた理由】

 

【通級指導教室→支援学級を選んだDさんの小中学校の場合】

【小中学校】
小学校の就学前検診で、私は支援学級を希望していたのですが、判定は通常級で通級に通って下さい…ということでした。

入学後に1年生の担任の先生から、困り感が見られるので支援学級に転籍しますか?とお話があり、私も希望していたので2年生から中3までの8年間を支援学級で過ごしました。

そのうちの2年間は先生との相性がよくなくて荒れた時期もありましたが、ほぼ支援学級は娘にとっては居心地がよく、学習面、生活面もぐんぐん伸びたと思います。

いい先生や仲間に囲まれて学校も嫌がることなく、楽しく通えました。
支援学級のいいところはやはり横の繋がりだけでなく、縦の繋がりも持てること。
低学年のお世話をしたり、逆に上の学年にお世話をしてもらったり、子ども同士の関わりの中でいろいろな学びがあったとおもいます。先生も手厚く、保護者との連携も密にして下さり、助かりました。

小学校は交流学級で学習することや活動することも多く、娘は通常級の友達とも関わりをたくさんもてました。

しかし中学になると、通常級の子との交流があまりなくなります。

時間割の都合で、どちらかに偏ってしまうことがデメリットです。

支援学級でがっつり活動することが楽な子にはいいのですが、高校からは支援学級がないため、大人数での学級で過ごすことを慣らしておきたいな、という思いはありました。

 

 

【通級指導教室→通常学級を選んだEさんの場合】

うちの子の場合、幼稚園年長から小学1年までは通級指導教室に行き、学校から支援クラスを勧められ2.3年と支援クラスに行きました。
しかし、3年の時の支援クラスの先生が全く合わず💦

私もよく分かってなくて、お姑さんから「支援クラスだとイジメにあう。
嫌な事でもしないといけない。
高校からは支援がなくなり自分でしないといけないから、早くから通常クラスにした方がいい」と言われ、そうなのかと鵜呑みにして4~6年まで通常クラスへ行きました。

しかし、3年の時から学校へ行くのを嫌がって連れて行くのだけでも一苦労。
行く前に逃走、学校からも逃走。

先生は無関心。
6年の時はずっと職員室、行事ごとは全て不参加(T_T)

やはり、通常クラスでは辛かったようです。
中学校からは全ての授業を支援クラスでお願いしました。

時々行けなかったり、逃走もありましたが、先生が分かってくださり少しずつ自分から学校に行けるようになりました。

中学校の時は友達にかなり恵まれたおかげで、放課後等デイサービスにも行けるようになりました。
学習面でも、小学で授業を受けられずに分からなかった事も、教えてもらえてよかったです。

支援クラスでも、やり方や、先生によって子供への影響がすごい大きい事が分かりました。

もしあの時、続けて支援クラスに行ってたら、次はいい先生に会えて、状態は変わってたかもと思ってしまいます(>_<)

 

 

【通常級を選んだCさんの場合】

小6になる娘の経緯を言います

主人と相談した結果、通常学級にしました。
理由は、主人の一存です
私は支援学級の方が手厚くしてくれる事を知っていたのですが、主人に理解してもらえませんでした。
その分、家庭でカバーをしようと決めて公文に行かせてました。公文は同じ繰り返しなので、結局、2年生で辞めました。

小1小2は、何も問題なく楽しくお友達とも仲良く、行事もすべてクリアして
楽しい小学生生活をおくれました。

小3から、先生との相性が悪く、先生の言葉が小さくて聞き取れない状態になり授業に遅れが出はじめて、月曜日になると時々お休みするようになりました。
ここは、私が悪かったのですが、先生に素直に「学校に行きたくないみたいで」と
伝えてしまいました。
まさかその先生は、みんなに「Cさんは学校が嫌で休みました」と伝えるなんて思ってもいなかったんですが。
次の日うちの子が学校に行くとみんなから、「嫌で学校休んだん???なんで?」と聞かれて
そこから不登校が始まりました。
授業が受けられなかったので、塾に通わせました。
その頃、支援学級の申し出をしました。
すると同学年の女の子がいなくて、ケース会議を開き審議の結果入れてもらえませんでした。

そして学校の提案で「来年から自校での
通級指導教室が始まるのでしませんか?」と言われ、週1で通う事になりました。小4から保健室登校で落ち着きを見せています。
まだ、その頃は元の教室の行き来が少しありましたが、小5になって、友達に冷やかしを言われ、全く教室に入れなくなりました。
何日か休んで学校に行ったりの五月雨登校が始まりました。
全く行かなくなった時期もあります。
塾も行かなくなり、支援塾に変更してから楽しく通えています。

それから、紆余曲折ありましたが、小6になり、コロナでずっと休んでいました。
しかし突然、学校に行きたい!!!!!と言い出し、保健室登校を始めました。
今は落ち着き、保健室の先生とその仲間達とワイワイ楽しく過ごしています。

結果として、やはり始めから支援学級に通わせておくのが正解だったのかな?と今は思っています。

 

 

【支援学校を選択したAさんの場合】

知的重度の長女でしたが
「1年生だけでも兄達と同じ地域の小学校に進ませたい!」「やはりランドセルを背負わせたい!(※支援学校でもランドセルはOKですが、荷物が多くなるためリュックのお子さんがほとんどです。)」
という母の強い希望があり、就学前は地域の支援学級も考えてました。

旦那は「支援学校しか考えれんじゃろ」という考えでした。

夫婦間で意見が食い違ったので、ある相談所に相談しに行き、旦那の思いと、私の思いを聞いてもらいました。
そうしたら、
「お父さんの言っている事ももちろんわかる。
けど、重度だからって、必ず支援学校に行かなければいけない、と言う決まりはどこにもないし、娘さんの一番近くにいるのは、やはりお母さんなんだから、お母さんが行かせたいと思ってるところにまずは見学に行ってみてから、また話し合って決めたら良いと思う」
と言っていただき、ダメ元で、小学校の支援学級に見学に行きました。

しかし、やはり、娘のIQの低さと、じっとしていられない、コミニュケーション力の低さから、小学校の方から、支援学校の話が出ました。

もちろん、支援学校も何回も何箇所も見学に行っていて、いろいろな得意を活かして頑張ってる生徒さんをたくさん見てきました。
凄いなぁ!娘も何か活かせるものがあれば良いなぁ!と、思って見てきてたので、決して支援学校の事を嫌に思っていたわけではありません。

ただ、1年間だけでも良いから地域の小学校に通わせてあげたい!と言う思いからの挑戦だったのですが、学校からその望みを否定されたことで、長女自体も否定されたみたいで、正直その頃の私にとっては、とても辛かったし悔しかったし悲しかったです。

しかし、このまま受け入れてくれる気のない地域の小学校に無理やり入るより、悔しいけど、1からもう一度、冷静になって考え直そうと思い、「地域の小学校とは?」「支援学校とは?」を改めて見直しました。

・地域の小学校は、「主として将来的に受験することを目標とする国語、算数といった学習面を中心に学ぶところ」

・支援学校は「主に自立のために必要な生活面を中心とした知識技能を学ぶところ」

これを踏まえて、
・どちらが娘の笑顔が、多く見られるのか?
・親子で平穏にできるか?
・そもそも、娘はどちらに行きたいだろう?
(これは娘からは思いを伝えてくれないので想像するしか無かったですが、、、)
・将来的には?

と言う根本的な事を考え直し、支援学校に決めました。

見学で、悔しい思いはしましたが、それでも地域の小学校に見学したことで、逆に吹っ切れたんじゃないかなと思います。

しかし、完全にそんなにすぐ、未練無く進めた訳ではなく、
就学通知は、兄達のときのようなハガキではなく、封筒でポストに入っていて、開けて支援学校の文字を、目の当たりに見た時には、やはりまだ未練があったのか、泣きました。
ランドセルも使わないけど記念に買いました。

そこから本当の意味で受け入れられるまでには、しばらくかかりました。
あれから4年たち、正直、生活していく中での大変なことはまだまだ多いですが、それでも学校を通じて、娘のたくさんの成長を実感し、母自身がそれを楽しめるようになったので、今はもう未練も後悔も無く、親子で家族で前へ進んでいます。

 

 

【支援学級を選んだFさんの場合】

長女がASD+ADHDの診断を受けたのは4歳の時でした。
当時、季節の変わり目など、幼稚園に行き渋ることはあったものの「幼稚園では困ることはありません」と先生から言われていました。
(家の中ではパニックやこだわりなどにより、困り感は多々ありましたが)
ですから漠然と、【外では出来るのなら通常級に行けるだろう】と思っていました。
事態が急変したのは、5歳の秋。
就学前の発達検査をして、その検査説明を臨床心理士さんから聞いた時でした。
臨床心理士さんは強く支援学級を勧めてきたのです。

理由としては
・コミュニケーション能力が弱いこと
・社会性面の発達が遅く、全体的にフォローが必要であること
・周りを見て合わせたり動いたりすることが難しい為、集団ではついていけないと思われること
などだったと思います。

当時、幼稚園でも療育でも「こちらでは困ることはない」と言われていたので、混乱したことを覚えています。
支援学級についての知識も乏しかった為、地域の小学校の支援学級に見学に行って色々質問したり、当時お世話になっていた親の会の先輩ママさんたちに相談してみたり、夫婦で話し合ってみたりと、日常が一転しました。
結果的に私が支援学級に決めた一番の決め手は親の会の先輩ママさんたちからの助言でした。

・本人の努力の問題ではない特性のせいで、叱られたり注意されたりしやすいタイプの子は、支援学級からスタートして無駄に自己肯定感が下がらないように守ってあげた方がいいと思う

という意見でした。
当時はまだ締め切りが緩く、小学校に相談の上、支援学級スタートという形をねじ込ませていただきましたが、主人の支援学級のイメージは偏っていたので、主人の説得に苦戦しました。
私が説明しても拉致があかないので、小学校に連れて行き、校長先生から今の支援学級の現状を伝えてもらい、何とか納得してもらうことに成功しました。
初めての子だったこともあり、支援学級を選んでからも、正解だったのかどうか、当時はわかりませんでした。
しかし、入学してから少しずつ、娘の特性が学校生活のスタイルになかなか合わないことが判明したり(ウロウロしたりダラダラしたりグズグズしたり脱走したり)
友達関係が上手く作れずトラブルがあったり。
また、本人がしんどさを言語化できるようになってくると、感覚過敏やこだわりによって、みんなと同じができない様子を目の当たりにしてきました。
今では、支援学級を選んで良かった!と思っています。